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「一生思い出に残る楽しい家づくり」を追求する、岩倉市の社長・丹羽剛仁の日記

愛知県岩倉市の工務店=ニワホーム株式会社の社長として日夜奮闘中の私・丹羽剛仁(♂・47歳)が、毎日の生活の中で見たこと・感じたこと・考えたことをざっくばらんに書き記します。

 愛のコリーダ

  • 今日はお客様宅のプランニングに時間を費やす。予め家づくりのコンセプトにご承認を得ているので実現すべき項目は絞り込みやすいのだが、それでも不満のないようにお客様のご要望を叶えていくのはやはり難しい。時には妥協したくもなるが、お客様にとっては一生住んでいくことになるであろう家だから使いづらくて不満だらけでは死活問題だ(もっともそんな提案しか作れない業者は願い下げだが)。感動を呼ぶ家づくりのためにも最善のプランニングを心掛けている。

  • 今日のランチ。真ん中上から時計回りに、きのこのオイルパスタ、ビシソワーズ、トマトとホウレン草のサラダ、フレッシュジュース。盛りつけはキレイだが、そこに至るまでにこぼしたり飛び散ったりして大変だったらしい。幸福な食卓は多くの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。南無。

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  • 帰宅後、子供達が寝静まってからYahoo!オークションで手に入れたDVD「愛のコリーダ」を見る。数日前いつも見ているブログからのリンク先にあった事件史のサイトで記事を読んで以来、阿部定事件について大いに興味を持ったからだ。鰻料理店主人の石田吉蔵が女中の阿部定を手込めにしたのが物語の始まりなのだが、最初は吉蔵主導だった関係が次第に定主導へと変わっていく様がとてもリアルに描かれていて空恐ろしい。そんな定のSM的な絶対支配欲の行き着いた先が男根切断なのであった。

  • しかし、定に殺された吉蔵の家族のことをつい考えてしまうのは、僕の家庭人たる所以であろう。だって子供達が可哀想なんだもん。定の生い立ちも同様に可哀想で時代を感じてしまう。時代と言えば、今から70年前の戦前の昭和とはこんなにも江戸の風習が色濃く残る時代だったのだと不思議な感じがした。僕が生まれた昭和43年(3億円事件の年)からだと32年前。今から32年前は1974年で僕が幼稚園年長で長嶋茂雄が引退した年。最近時間の間隔がよく分からなくなる。

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  • 4 Comments

    井戸淳午  

    よく私も自分の生まれた年昭和41年(1966)を基準に月日の流れを考えますが、明治維新だって1868年ですから98年ちょっと前、その当時には江戸時代に生まれた人がいたわけです。そして太平洋戦争だって昭和20年(1945)21年前だと思いますと今の日本の変わりようと特に戦争のことはつい最近なんですよね。ですから平和ボケしないように尊い犠牲の上に成り立っている日本の繁栄(外見上かもしれませんが)を感謝し平和の大切さを子供達に伝えていかねばと思います。

    2006/06/21 (Wed) 12:37 | EDIT | REPLY |   

    丹羽剛仁  

    過去に学び 今に生き 未来を創る

    井戸さんコメントありがとうございます。
    刹那的に生きるのではなく、遠い過去と繋がった存在として自分自身を捉え、来るべき未来への責任感を持って生きていかねばと思います。

    2006/06/21 (Wed) 13:15 | EDIT | REPLY |   

    ピンクの豚  

    姫君がいなくて泣いてるんじゃない??
    1番パパが寂しいのかな?
    楽しい思い出たくさん作ってくれるといいね。
    。.:♪*:・'(*⌒―⌒*))) スペシャルスマイル

    2006/06/21 (Wed) 20:51 | EDIT | REPLY |   

    丹羽剛仁  

    天気が心配です

    ピンクのブタさんコメントありがとうございます。
    姫はきっと楽しい思い出をどっさり抱えて帰ってくるでしょう。パパはキッチンで夜更けの一人酒(T^T)

    2006/06/22 (Thu) 01:09 | EDIT | REPLY |   

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